
2009年3月17日朝のスライ
スライが逝ってしまってから一年が過ぎました。たくさんの記憶が、少しずつ本当に過去のものになっていくような気がします。そもそも記憶なんだから過去のものであるのが当たり前なのですが、つい昨日のことのようにが遠い昔に変わっていくというような感じです。
ルーニー、アビー、ブライトと我が家のチワワたちは毎日を過ごしているわけですから、いつまでも悲しんでいるのは申し訳ない気がして、悲しい気持ちはどこかへ置いてきたつもりです。それでも、悔やまれる気持ちだけはあの日からずっと続いています。
A long , wrong time ago.

2009年2月11日葉山どうぶつ病院へ
1996年6月30日に、2週間ほど前に生まれたばかりのスライを東京大田区の池上にあったペットショップで見つけました。そう、ルーニーは出会ったという感じなのですが、スライの場合は見つけたというほうがぴったりする気がします。もっとも、ルーニーの場合には探すというより、見てまわっているうちに、という感じだったからかもしれません。
まだ生まれたばかりで、同胎子6匹の兄弟と一緒に一塊になって寝ていました。チワワの特徴のひとつ、生まれてくる子犬のカラーは、父親あるいは母親のカラーと同じとは限らない、先祖代々のDNAでなんでもありというのを見せつけるように、その6匹の子犬たちはクリーム、ブラック、フォーン、パーティーカラーと様々でした。
クリームの子犬は2匹いて、その片方にも惹かれたのですが、頭の形と大きさ(体とのバランス)でパーティーカラーのスライを選んだわけです(この選んだというのも出会ったというより見つけたという気持ちにさせるのかもしれません)。
1996年7月30日に我が家に来たスライは、まだ生後2ヶ月にもなっていないのに、喜怒哀楽をはっきり表していました。端的に言ってしまえば、ルーニーが手のかからないいい子だったのに比べたら、スライはやんちゃで手を焼く子だったわけです。もっとも、スライの名誉のために言い添えれば、(我が家では神の啓示を受けたと言っているのですが)あるときからしっかりと飼い主の話を聴いて理解しようとするようになったのです。
それでも喜怒哀楽がはっきりしているところは、子犬のときから終生までかわりませんでした。それは、飼い主にも、犬を飼うことの喜怒哀楽を体現させるほどでした。